私にとってのHP100/200LXとは

更新日:1998年3月1日

私がLXと出会ったのは秋葉原はオークビレッジという店でであった。

当時AT互換機がDOS/V、Windowsの追い風を受けて秋葉原では黎明期〜普及期にあり、私もその風に乗り、多くの人達と同じようにマシンを自作したりチューンナップしながらゲームを漁っていた時代であった。

そう、もう2〜3年くらい前の話であった。

そして知る人ぞ知るオークビレッジはゲームをどこよりも早く輸入し販売していたので、ここをチェックするということは当時、基本といっても良いことであった。

当時としてはオークビレッジ→オーバートップ・メッセサンオー→ソフマップというゲーム輸入の時間的系列があった。ソフマップは安くはだすにしろ、入荷が遅いのである。勿論、当時日本の輸入代理店はほとんどなかったし、あってもとんでもなく高かったのである。

まぁ、そのことはさておき、いつものごとくビルに入って、6Fを尋ねると顔見知りのバイトのS君が「これ、どうですか?」となにやら黒い塊をもってきた。なにやら開けるとキーボードと画面がある。

「これ、IBM互換機なんですよ」という。

「いやー、まだ使いこなせていないんですけどね」というととりあえず私にDOS画面をみせた。「ほら、Vz動くんですよ」「日本語もほら、表示できるし入力もできるんですよ」

私にとってこれでもう落ちたも同然であった。

S君には完全にパターンを読まれているようだ。なんだかPIMとかあるようだが、そんなことはどうでもよいことであった。

手のひらにのる、どこでももって行けるDOSマシン。パソコンに対する夢はいろいろあるにしろ、とりあえず現実的なものとして期待しているそのものがそこにあった。

なにしろ大学の卒論研究でPC9801Nを自宅に持ってかえって以来、ノートパソコンとかそういうものは一切大嫌いになっていた。しかし、そのころのスペックのパソコンがこんなポケコンのようなものになってしまっているのである。

それでも衝動買いはしないのは私の堅実なところである(笑)
まず、情報収集である。とりあえずカタログはもらい、本屋に直行。 俗に「赤本」と呼ばれる「HP100LX徹底活用ブック」を入手し、とりあえず帰宅。これは「徹底活用ブック」というよりもまちがいなく「ひとをはめる」内容である。いってみれば「卑怯な」本である。気がつけは「欲しい」としか思わなくなる。

互換機の証である「ゲームの互換性」もかなり高いことが動作ゲームリストとしてあがっている。なによりも本からパワーが伝わってくる。
これは絶対「あやしいマシンにちがいない」。

あとの記憶はあまり定かではない。気がつけば購入して遊んでいた。1Mの100LXであった。いわゆるフリー環境で日本語を構築した。1Mなので単漢字変換であった。別に8ビットマシン(X1turbo)時代に単漢字で日本語入力をしていたのでしばらくはそのころを思い出しながら「こんなちっちゃいのに日本語入力できるんだぁ」などと感慨にひたってはいたが、人間というのは欲深いものである。

あとは転げ落ちるばかりであった。

そのうち、「やはり辞書が使えないとつらいなぁ」などといいだし、気がつけば10Mのフラッシュを10万も出しながら購入していた。 そのころようやくNifty-Serve→FHPPCという存在を知り、さっそくフォーラムを覗いてみた。まぁ、なんとも楽しそうではないですか。そのころの記憶はすっかりと薄れていますが初心者がとりあえず書いてみる13番に書き込みをしてみるとたくさんのレスがつく。調子に乗って書き込みをしていると「脱線しすぎ。2番に来なさい」という主旨のレスをいただきめでたく補導されてしまう(笑)
商業ネットのフリートークというのは初めてでそのパワーに圧倒される、が、暖かいお言葉をたくさんいただき今日にいたる。

それから他の部屋も読みはじめ、少しは他の人の質問にも答えられるようになり、少しは恩返しができているかなぁ、などと思っている今日このごろである。
私のLX環境はたくさんのフリーソフトや発言などに支えられていることを考えるとまだまだということだけは間違いないが。

購入遍歴

100LX・1Mを購入。フリー日本語環境を徹底活用ブックなどを参考に構築。
10Mフラッシュを購入。使わなくなっていた辞書WX2を導入。快適になる。
100LXが不調になったのを期にバックアップの200LX・2Mを購入。
200LX・4M(メーカー純正)を発売とほぼ同時に購入。JKITも同時に購入し、すぐさま本体のみの日本語環境として構築。2台目として活躍。

ここまではどれも無改造でメーカー保証の範囲であった(笑)
ちなみに今日まで基本といわれる倍速さえもしていない。

6M機と8M機の改造の顛末

RAMチップはPT110のメモリが転用できることを聞き、早速外して2個確保。4M機は簡単に改造できるらしい、ということを 雑誌で知り改造を決意する。
初めてトルクスを入手し、開腹し、基板を拝む。なるほど。この子基板につければよいのだな。・・・というわけで無事6Mにバージョンアップ。

そういえば2M機は全然使っていないなぁ、ということに気がつき、FHPPC3周年オフで某M氏に改造実機をみせてもらったのと雑誌に啓発されて2M→8Mへの改造を決心する。いわゆる「総計4つのカメカメ改造」なのでやはり気合がいるのである。

問題はRAMではある。なにせ3つも必要。これはちょっと裏技で無事確保できた(S君ありがとう)。
確保してくれたS君には4M→6Mの指南を気もそぞろであったがしてあげ、私は8M化にとりくみ、約1週間ののちにようやく半田付けがうまくいき、無事8Mマシンへと変貌。

実はこの改造でRAMの厚みで一部が膨らんでしまい、キー入力が不安定になることが多々あり、あまり使っていない。まぁ、実験マシンとして位置づけているので問題はないし、いざとなればなんとかなるし。

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