それでも学校英語に期待しますか?

著者:宮西咲
発行:2016年12月

英語教育批判本かと思ったらその通り。
最近の学校英語の状況や世界情勢も含めて考えを提起しています。
私が学生の頃より少しはマシになっているかと思いきや却って悪化している部分もあると知って愕然しました。

現在の英語教師からの情報やら学会のウォッチを含めて話を整理して述べています。

すべてに賛成という感じでもないのですが、概ね賛同する内容でした。
最も酷いのが高校で教科書以外に10冊を超える“参考書”を強制的に買わされているという情報。
それが高校三年間で三回起きる、つまり30冊を超えるということです。
私立校ならともかく公立校です。
これが酷い事例なのか普通の事例なのかは分かりませんが、酷い話です。
当然、殆ど授業で使われない本もあるそうです。

つまり“英語産業”に学校が食い物にされている、ということです。この点も多くの指摘がされています。

なにやら“高校無償化”という論議もありますが、そんな論議の前にこういう酷い現状を“禁止”(せめて指導)するぐらいのことをやって貰わないと困ります。
無償だからと更に悪化し、使いもしない本(要するに一部の出版社)に税金が流出することになります。

参考書というのは押しつけるものでは無くて、自分で一番あったものを選ぶべきものです。
それを選ぶこと自体も学力であり、勉強です。
その機会を奪っているという観点でも問題なのです。

私が学校英語授業で一番嫌っていた「完璧な日本語訳至上主義」もいまだに蔓延っているようです。
私もある程度独学を含めて英語の学力がついたあたりから教師からのその“要求”を“適当に流す”ようになりました。

当然のことながら教師からの評価は下がりました。
その代わり中2あたりで4,3級、高1でさくっと英検2級を取ってやりました。
当然ながら教師からの評価は変わりませんでしたが、親も「学校教育の方がなんかおかしいんじゃないか」と思い始めたようでしたし、どう転んでも赤点ラインを気にする点数にはならないものです。
別に推薦が欲しかったわけでも無いのでテストの点数や通知表の数字はどうでもよかったのです。

これらを考えると親が無思考で厳しく高い成績を要求する、推薦で大学に行きたい、そういう人にとっては選択肢が無いのでとても可哀相であると言えます。
やっぱりカリキュラム自体・制度を見直すのが必要であると言えるのでしょう。

今度から高校では日本語禁止になるようなので日本語訳が求められることが無くなりそうですが、実はあまり楽観視してはいません。今度は完璧な要約文章至上主義に“すり替わる”だけではと危惧をしているのです。

提議の中の大学入試要件から外す、というのは大賛成です。
とりあえず一斉テスト(センター試験)からは外すべきでしょう。
大学が英語スキルが必要と思うのなら独自に英語試験をしてもいいし、その整合性がとれないというのなら、教科試験の中で、設問を英語にしてしまうのも手です。
特に理系なんて設問が英語だろうが大差ありません。

高校で英語は教えているわけだし、別に教科試験で英語を使っちゃいけないなんてルールは無いはずです。
むしろグローバル化的観点、日本語は拙いけど日本の大学に行きたい人、帰国子女には歓迎されるでしょう。
日本語もいるんだいうのなら数学は日本語で、物理は英語ででもいいでしょう。

英語教育論を言い出すと私も散々な目に遭ってきており、思うことが色々あるのでキリが無いのですが、この辺にします。
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