原発洗脳

副題:アメリカに支配される日本の原子力
著者:著者: 苫米地英人

“原発ムラ”の頂点は米国にあるとする論点。
米国の戦後占領政策に始まり、日米安全保障条約にも関わる問題であるという。

原発には否定的な私でも一歩引いた目で見ざるを得ないところもある。
しかし、いわゆる原発政策にまつわる“不可思議”“不合理”“不自然”な“状況”も、この観点で考えれば自然なものとして説明が付くと言うのは否めないのです。

東芝の破綻回避とのため、流石にWHを破綻させましたが、その根本原因はWHの経営上の数字すらまともな報告がなかった、関与させてもらえなかったということでしょう。
経営の数字すらですから、技術的詳細なぞ関与できていた訳がありません。
買ったはずの会社の技術を“吸い取れない”。
こんな不条理な買収はありえません。
しかし、これもこの論点に立てばごく自然な成り行きと考えることが出来ます。
私はそもそも経済的原理で“原発はもう無理”という論ですから、このような政治的理由以前の問題と考えています。

原発推進は公的にはあくまで経済的理由で推し進めていますから、その観点で否定すべきという考えです。
しかしそれが破綻して政治的理由(米国の軍的理由や安保問題)になるのならば、まずはそれを公式理由としてあぶり出す必要があります。
その上で「エネルギー政策」ではなく「安全保障費」として予算を維持するという考えもあるのかもしれません。

予算上でいう大問題は、「原発関連費=その他の自然エネルギー開発費」という偏った予算編成であることです。
もう原発燃料は100年持たないのは自明で、MOXも大したことはない、夢のなんたらも破綻。
もはや原発に金を使っている場合では無い。
仮に放射能問題が無くても次世代発電方式に注力する時期なのですから。
この辺も原発関連本として良くある展開で、自然エネルギー開発に関して述べられています。
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